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介護は「突然」やってくる。でも、「準備」はできる。

介護認定調査の受け方

介護認定調査員として、何百ものご家庭を訪問しました。そこで感じるのは、多くの場合、介護は「突然」やってくる、ということです。脳梗塞で倒れた、転んで骨折した、認知症の症状が急に進行した…。それまでの日常が一変します。

家族はパニックに陥り、何をどうすればいいのか分からない。そんな時、私の役割は、冷静に状況を把握し、必要なサービスに繋げることです。しかし、制度やサービスだけでは、解決できない問題があります。

それは、「住まい」です

福祉住環境コーディネーターや宅建士の視点から言えば、日本の住宅の多くは、高齢者が安全に暮らすには不十分です。段差、狭い廊下、滑りやすい床…。これらは、介護を必要とする人にとっても、介護をする人にとっても、大きな負担となります。

私自身の自宅リフォーム経験も、この思いを強くしました。手すり一本、スロープ一つで、どれほど暮らしが楽になるか、本人の自立心が守られるか。それは、単なる「物の準備」ではありません。「衰え」を受け入れ、その中でもその人らしく生きるための、「尊厳」を守る準備なのです。

福祉用具も同じです。車椅子や介護ベッドは、単なる道具ではありません。動けなくなった人が、外の世界とつながり、家族と同じ時間を過ごすための、希望のツールです。

「いつか」ではなく、「今」、住まいや暮らしを見つめ直すこと。それは、来るべき「老い」を肯定し、愛する家族を守るための、最も現実的で、かつ愛情深い準備だと言えます。


「寄り添う」とはどういうことか? 行政書士、社会福祉士、後見人として。

社会福祉士や行政書士、そして成年後見人として活動する中で、私は、より深く、複雑な「人のつながり」に向き合うことになります。

それは、「お金」「権利」「意思」を守ることです。

認知症などで判断能力が低下した方の代わりに、財産を管理し、必要な契約を結ぶ。あるいは、家族間の相続争いを防ぐための遺言書作成をサポートする。これらは、法律や制度の知識が必要ですが、それ以上に重要なのは、「信頼関係」です。

「この人に、私のすべてを任せても大丈夫か?」

その問いに、言葉ではなく、行動で応え続けなければなりません。それは、ご本人のこれまでの人生を尊重し、その人が何を大切にし、どう生きたいと願っているのかを、深く理解しようとするプロセスです。

普遍的なテーマとして、「人間としての尊厳」があります。衰え、誰かの助けが必要になったとしても、その人の意思は尊重されるべきです。たとえ言葉で伝えられなくなっても、その人の人生の軌跡、好きなもの、嫌いなもの、大切にしてきた価値観…それらすべてが、その人の「意思」の一部です。

「寄り添う」とは、単にそばにいることではありません。相手の心の奥底にある、言葉にならない想いを汲み取り、それを形にし、守り抜くことです。それは、法律家としての義務を超えた、人としての誠実さが問われる、深い「愛」の行為なのです。


変わるもの、変わらないもの。これからの「老い」と「住まい」。

時代と共に、家族の形や地域社会のあり方は変わっていきます。核家族化が進み、独居高齢者が増え、かつての「地域で支え合う」関係は希薄になりつつあります。

しかし、変わらないものもあります。

それは、**「人は一人では生きられない」**という、普遍的な真理です。

どんなに制度が整っても、どんなに便利な道具ができても、最後に必要なのは、人の温もりであり、誰かが自分のことを想ってくれているという安心感です。

これからの日本の「老い」と「住まい」を考えるとき、私は、宅建士の視点からも、新しい可能性を感じています。

単に高齢者が安全に暮らせる家を作るだけでなく、多世代が自然に交流できるような住環境、地域全体で高齢者を見守り、支え合うような仕組み。それは、かつての日本の良さを、現代の技術と知恵で再構築するような試みかもしれません。

介護は、特別なことではありません。それは、明日を生きる、私たちのための物語です。誰もがいつか通る道であり、誰もが関わる可能性のある、人生の一部です。

その物語を、不安や恐怖ではなく、温かさと希望、そして「人のつながり」で満たすこと。それが、私の多くの帽子を通して、皆さんに伝えていきたい一番のメッセージです。

「さいたま猫」は、これからも、皆さんの「老い」と「住まい」、そして「生き方」に、猫の手も借りながら、全力で寄り添っていきます。

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