
皆さんは、かつて旅した場所が、数十年後に全く違う表情で見えてきた経験はありませんか?
私にとってのそれは、シンガポールです。
2006年、私は仕事の合間にあの活気あふれる島国を訪れました。マーライオンの白さ、セントーサ島の喧騒、ナイトサファリの静寂、そして夜の帳が下りる頃に楽しんだ「シンガポール・スリング」。当時の私には、そこはただの「近未来的な観光都市」であり、エネルギーに満ちた若者の国の象徴でした。
しかし、2026年になった今。 介護認定調査員、社会福祉士、そして行政書士として現場を歩く私の目に飛び込んできたのは、**「世界で最も急速に高齢化が進む国の一つ」**としてのシンガポールの姿です。
今回は、2006年の懐かしい思い出を紐解きながら、日本の介護・住宅政策のプロの視点で、これからの「老いと住まい」について考えてみたいと思います。
1. 2006年の光景と、2026年の現実
2006年のシンガポールは、どこを切り取っても「清潔」の一言でした。ポイ捨て一つないストリートは、宅建士や行政書士として街づくりや規制に携わる今の私から見れば、徹底した法治国家の美学そのもの。
しかし、最近のJETROの記事(シンガポールが高齢化社会に)を読むと、そんなクリーンな都市国家も、日本と同じ、あるいはそれ以上のスピードで「シルバー・ツナミ(高齢化の波)」に直面していることがわかります。
2006年に私が動物園で見た、元気よく駆け回っていた子供たちが、今や親の介護を考え、自身の住環境を整える世代になっている。いつの時代も変わらない普遍的なテーマ——それは、「人は必ず老い、場所を必要とする」ということです。
2. 「高層の村」に学ぶ、未来の住環境
福祉住環境コーディネーターとして、私が今最も注目しているのが、シンガポールの「カンポン・アドミラリティ(Kampung Admiralty)」のような先進事例です。
これは「高層の村」とも呼ばれる複合施設で、高齢者向けの住宅の上に、医療センター、保育園、さらには屋上菜園までが一つにまとまっています。 日本のリフォーム現場でも「家の中に手すりをつける」ことは大切ですが、もっと大切なのは「外に出たくなる環境」です。
シンガポールでは、多世代が自然に交流できるよう設計されています。かつてセントーサ島で見たあの活気が、今や高齢者住宅の中に、形を変えて息づいている。 「孤立」を防ぐことが、成年後見人としても、社会福祉士としても、私たちが追求すべき究極の「バリアフリー」なのだと痛感します。
3. 日本の介護文化との共通点と相違点
日本の介護は「家族の絆」を重んじながらも、制度としての「介護保険」が非常に強固です。一方、シンガポールも家族を大切にする文化がありますが、政府が主導する「住宅政策」との連動が驚くほどスピーディーです。
行政書士として、また介護認定調査員として多くのケースを見てきた経験から言えば、日本の強みは「きめ細やかな個別ケア」にあります。対してシンガポールは「都市デザインとしての介護」に長けている。
2006年に飲んだあの甘く、少しだけほろ苦いシンガポール・スリングのように、人生の晩年も、ただ「管理」されるのではなく、彩りと誇り(プライド)があるべきではないでしょうか。
4. 変わらないこと、変えていくこと
技術が進み、福祉用具がスマート化されても、最後に必要なのは「誰かが自分を気に掛けてくれている」という安心感です。
成年後見人として財産や権利を守る立場になっても、宅建士として住み替えを提案する立場になっても、私の根底にあるのは**「その人が、その人らしく、最期までその街で暮らせるか」**という問いです。
2006年のあの楽しかった思い出を、今の高齢者たち、そして将来の私たちが、20年後も「良い人生だった」と笑って振り返ることができるように。 私たちは今、日本の現場から、そして世界の事例から学び、新しい「住まい」と「家族」のカタチをリフォームしていく必要があるのです。
また行きたい!シンガポール!
さいたま猫が推薦する関連リンク
さいたま猫がこの記事を書くにあたって、ぜひ皆さんに読んでほしい厳選サイトです。
- JETRO:待ったなし、急増する高齢者の暮らし支える環境づくり(シンガポール)
- 推薦理由: 記事内で触れた「カンポン・アドミラリティ」の詳細がわかります。住環境コーディネーター必読の、未来の住宅の形です。
- 厚生労働省:成年後見制度の現状
- 推薦理由: 権利擁護のプロとして、シンガポールの先進事例と比較しながら、日本の制度の「今」を知っておくことは重要です。
- 日本福祉用具供給協会:海外の福祉用具事情
- 推薦理由: 日本のきめ細やかな用具文化と、シンガポールのITを駆使した見守り技術。その違いを知ることで、リフォームの提案力に深みが出ます。

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